【武士道】日本人の道徳教育について

本と生きる




旧5000円札に描かれていた新渡戸稲造は、
世界と日本の懸け橋となることを信念にして生きました。

武士の時代から近代化していく世の中を
海外から客観的に見てきた彼は
その晩年に日本の国民性を
“武士道”という本に書き記しました


武士道 /新渡戸稲造/前田信弘

今回は、
武士道に触れながら、

令和を生きる日本人が
どのようにして”人となり”を構築していくべきか
考えてみます。

著書”武士道”について

著書”武士道”とは

武士道は
新渡戸稲造がドイツに留学していた時に
“宗教教育がない中で
日本人はどのようにして道徳を教育しているのか”
と問われたことがきっかけで書かれたということです。

確かに不思議な話です。

信じるものがない中で、
自分自身を律する必要性を学ぶことは
非常に難しいことです。

「なぜ人にやさしくしなければいけないのか」
「なぜ礼儀が必要なのか」
等々子供に教える時に、
宗教があれば、
“そういう教えだからだ”
と伝えることができますが
日本ではそれではダメです。

新渡戸稲造は、
生涯を通してその疑問を考え続け、
日本人の国民性の本質は”武士道”にある
という結論に至ったということです。

武士道とは

その名の通り武士の道であり
侍文化の中で重んじられてきた規範を
武士道と言います。

この武士道は
仏教・神道・儒教を昇華させた価値観である
と書かれています。

仏教は、穏やかさ、ストイックさ、冷静さ、死生観を
神道は、主君・親・先祖への忠義心、感謝を
日本人に根付かせました。

それに加えて体系的に整えられた儒教を通して
その価値観が整理され武士道という不文律になったのです。

今尚残る国民性

武士道の本文については深く触れません。
価値観で解釈が左右すると思うからです。
また、近代日本で書かれた内容が
「そのまま現代の日本にあてはまるか?」
というと、そういうわけではないからです。

とはいえ、現代の日本人を見ても
“確かにこの価値観は根付いている”
そう感じさせるものがあったので、
それについて提示したいと思います

責任感が強い

「あれはやだ」
「これもやりたくない」

そうやって、
文句を垂れる人であっても
比較的多数の人が任された仕事をやり切ります。

自分が苦労してでも
人に迷惑をかけることだけは回避したい
そんな考えの表れだと捉えられます

もしくは、
“あいつは何もできない”
という蔑みから逃れるための
自分を守る行動だとも言えます。

モチベーションはどうであれ、
日本人には、
責任を重んじる傾向にある気がします。

名誉を重んじる

現代の日本人は
非常に周りの目を気にします。

“何者かになりたい”

という言葉が現代人を表している気がしますが
この考え方は昔からあるものだと言います。

武士はかつて、
自分の命よりも名誉を重んじたと言います

だからこそ、
危険な戦地に赴く覚悟があり、
親自身も功績をあげるまでは敷居を跨がせない
というような厳しい姿勢を見せていたということです。

形は大きく変わっていますが、
“自分自身が誰かから認められている”
という実感を強く重んじる社会構造は
変わらないと言えそうです。

“もののあはれ”な価値観

例えば、
欧州ではバラが美しいとされます。

日本では、
やはり桜が愛されます。

バラは、
トゲを露わにして、
自らを守りきる気高い姿勢を見せます

一方桜は、
満開を迎えるや否や、
散りゆくもので
むしろその散り様が美しく見えます。

これが、
ある種の国民性であり、
日本に”ハラキリ”文化を根付かせたものだと言えます。

日本人で未だ自殺者が多いのも
もしかしたら国民性のせいなのかもしれません。

現代でどのように道徳を伝えるべきなのか

今残る国民性は、
少なからず日本人を窮屈にしている気がします。

良しとされる価値観は
昔とあまり変わらない中で、
生活様式や文化は全く異なるからです

だからこそ、
武士道を現代版に修正しながら
道徳教育していかなければいけないのです

義や忠を考えさせる

名誉と言うのは、
“自分の正義を貫き通した先にあるもの”
ないしは
“自分を支えてくれた人に対する恩義になるもの”
であると言えます。

自分が生きる道が”義”
自分が尽くすべき恩義が”忠”
であると私は解釈しました。

未だなお根強く浸透している
“名誉”という価値観に対して、
その前に”義”と”忠”があるのだ。
と強く伝える必要があります。

礼や智の位置づけを教える

“論語を読みの論語知らず”
という言葉があると書かれています。
論語を読んではいるものの
論語を理解して生活に反映できていない人のことです

礼節や知識も同様で、
その大切さを自分の価値観に刷り込み
行動に反映させることが重要だと言います。

ただ”こびへつらう”のが”礼”ではありません。
ただ”知識を蓄えること”が”智”ではありません。

正義や忠義を通すために
思いやりや礼節、知識が有るのです。

大人が背中を見せる

武士の時代は生まれながらにして
使えるべき君主があり
武士という気高き立場が
武士道を育みました

現代は武士の時代と異なり、
生まれながらにして仕えるものなどいませんし、
自分が何者になるかもわかりません。

だからこそ、
親や先輩と言った大人が
若輩者をちゃんと教育しなければいけないのです。

 

自分自身の人生を振り返ってみても、
価値観は集団行動の中で芽生えました。

知識を蓄えるのも
礼節をわきまえるのもチームのため

そういう経験を通して、
自分の道徳は醸成されたと思います。

先を生きる大人が
多くを学べる場を作ることが
大切になってくるのです。

最後に

画面を通して
多くのコンテンツがお茶の間を賑わせます。

アニメやドラマが
色んな疑似体験をさせてくれます

YouTuberは自分の生き方を表現します。

色んな生き方に
子供は容易に触れられます。

義務教育では
集団行動を学びます。
幼少期の多くを過ごす学校で
何が大切なのかを強く学ぶ必要があります。

そして、
家庭のルールが
その子の生き方を決めます。

どれをとっても
大人の準備が大切です。

時々刻々と世界は変化していますから
何が正しいとか言えるはずもないです。

一方で、
抽象的にでも、
ここだけは共感できるという
“日本人らしさ”があるのも確かです

そこを”よすが”にして、
大切な価値観を作り上げていくのは
間違ってはいません。

今一度
今を生きる大人に課せられた役割が
どれほどに大きいのかを意識して
次世代の為に何が残せるのかを
考えてみてほしいです。

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