【逃げワードになっていませんか?】〇〇したいと言う理由

「なんで、これをやりたいの?」
かと聞かれた時に、

「経験を積みたいから」
と答えることも
あるのかなと思います。

その”経験”には、
どんな意味が
込められているのでしょうか?

最悪の場合、
その”経験”を積むことに
重きを置いて、
ただの”思い出作り”に
なっている場合もあります。

何かに挑戦して、
何かの経験を経ることは、
挑戦しようと
手を挙げた人だけの特権です。

百聞は一見に如かず
と言いますが
行動を起こすか起こさないかでは
やはり雲泥の差になります。

しかし、
”行動は起こせる”人が
一定数います。

いつまでも、
”行動起こせた自分かっこいい”
だけでは何も得られません。

立派なことだからこそ、
曖昧にしたくないです。

経験するための
“一歩踏み出す勇気”が
最終目的の人間にとっては、
その先、その経験を
とうしてどうしたいかの
ビジョンがないことが有ります。

今日は、そんな”経験がしたい”という
すべてが許容されそうな
逃げワードについて考えみます。

“経験を積みたい”の真意は?

それは“思い出作り”ですか?

やりたいと、
豪語した理由はなんですか?
“思いで作り”じゃないですか?

そう聞かれた時に、
図星を突かれた気がしませんでしたか?
「そうじゃない!」と
”ムキ”になっていませんか?

“思い出作り”というのは、
超皮肉を込めた言い方ですから
そう思ってしかるべきです。

ムキになるということは、
いやなとこを突かれたということです。

少なからず、
やってみたいからやった。

結果とか、成功とか、
そういうものではなくて、
自分がそこにいて、
中心であることに意味が有ります。

他のメンバーのことは
あまり考えていない、
ということです。

“思い出作り”
言い換えれば、
“実績作り”かもしれません。

やったという事実がほしいだけ。

ということです。

もう一度”再現”できますか?

行動できる人間全員が
もれなく成功するわけではないです。

ある栄光を収めたチームにいて、
多くのチームメンバー全員で
同じ経験をしたとします。

そのなかで、
あなたはどちらに属すのか考えてみてほしいです。

「その成功を再現できる人」
なのか
「ただ、その場にいた人間なのか」

僕が言いたいのは、
前者の”成功を再現できる人”
でありたいということです。

まるまる全部できる必要がある
と言っているわけではなくて、

その栄光にたどり着くまでの道筋で、
あなたが自分自身で行動した
経験を拾い集めてほしいです。

その成功に向けて、
あなたが貢献した部分があって、
それは、次からのどんな挑戦に対しても
反映できるものである可能性があります。

だからこそ、
“経験したい”
の真意には、
そういったことも見越して、
“何をできるようにしたいのか”
があるはずなのです。

ごまかさずに”中身”を語る

冒頭でも言いましたが、
行動することは素晴らしいことです。

だからこそ、
曖昧な言葉で濁して欲しくないんです。

自分は〜〜に携わるという経験をする。
その中で、自分の役割は〇〇だ。
だから、〇〇の立場から、
〜〜を成し遂げられる
ノウハウやスキルを身につける。

これを活かして、
“これがデキる”
と言える人間になる。

それが”経験”に
込められていることではないでしょうか?

いつだって、
“どうなりたいか”
が重要なのです。

最後に

仕事は成果重視ですから、
別に形は何でもいいから
結論を持ってくることが重要になります。

頼れる人は頼る、
省くところは省く、
1からやる必要もない。

“思い出作り”とか
“実績作り”に拘ると、
身動きが取れなくなります。

実際、
どんな活動でもそうです。

なぜ、やりたいと思ったのか。
そこを深く掘っていくと、
本当になりたいこと、
やれるようになりたいこと、
到達したいこと、
そんなところが見えてくると思います。

こういう経験がしたいです!
って言えば、そうなんだ!
と受け入れてもらえがちですが、

次は、行動力だけでは
評価されない時代が来ます。

その時代で埋もれないように、
どういう人間かを
語る練習をしていきたいものです。

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